赤川次郎さんの『子供部屋のシャツ』を読みました。
倉岡恭子は、1人で育ててきた10歳の息子・克哉を亡くした。
その8年後、祖父から引き継いだ企業グループを経営しながら牙を研ぎ続けてきた恭子は、克也を死に追いやった同級生や先生への復讐をはじめる。
恭子が克哉を死に追いやった人たちへの復讐をはじめる、というところまではわかるのですが、克哉の死の状況がわかるのは、物語の半ばを迎えてからになっています。
本当に周りに責任があったのか、それとも恭子の思い込みなのか…
克也の死の状況が明らかになっても、その疑問が最後までつきまとうことになります。
多くの場合、過失が0対100になることはほとんどなく、見る角度や立場、ものの考え方によってどちらともとれることが多くあると思います。
今回のケースも、当の本人である克哉の視点での記述がないため、克也が何を思い、どう思って死んでいったのかがわかりません。
克哉は復讐を望んでいたのか?
私はこの作品を読んでいる間中、頭の中にそのひと言が浮かんでいたのですが、最後まで結論を出すことはできませんでした。
その、絶妙なバランスが、この作品の魅力だと思います。
「ホラー」と紹介されているものの、ホラー的な要素は少ないと思います。
「ホラーを書いて欲しい」と依頼されたのか、無理にホラーっぽくしたところが何ヵ所かあるだけ。
無理にああいった記述を入れずに、克哉が何を望んでいるのかを読者に考えさせる方が、ぞくぞくっとすると思うのは私だけでしょうか。
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