アレックス・パヴェージ『第八の探偵』

アレックス・パヴェージの『第八の探偵』を読みました。

編集者のジュリア・ハートは、20年以上前に私家版として出版された短編集を、自分が勤める〈ブラッド・タイプ〉から出版するための打合せのため、作者のグラント・マカリスターを、地中海の小島に訪ねていった。
その短編集には「ホワイトの殺人事件簿」というタイトルがつけられており、グラントがかつて数学雑誌に発表した『探偵小説の順列』という研究論文から生まれたものだった。
この論文では、殺人ミステリを数学的に定義するというものだった。

ジュリアは、目が弱ったグラントに代わり、7つの短編を朗読し、グラントも気づいていなかった矛盾点を指摘していく。
それと同時に、当時実際に発生した「ホワイト殺人事件」という事件との関係に興味を抱く。

計算し尽くされた作品、と言えば良いでしょうか。
短編を1つ、2つ読んだところで、作者が読者に挑戦を挑んでいることに気づくでしょう。
熱心な読者なら、次の短編に隠された矛盾点を探すのでしょうが、熱心でない私はパス。矛盾点を探すのはジュリアに任せてしまいます。
しかし、物語全体に仕掛けられた、1番大きな謎だけは自分で解いてやろうと、物語の裏の裏まで考えながら読み進めることになります。

そうやって、注意深く読み進めていくと、小さな矛盾点や疑問点、違和感をいくつか見つけ出すことに成功!
これで、作者の首を取った気分になっていると、最後に大どんでん返しが待っているというわけです。
すべては作者の計算の上。お釈迦様の手のひらの上で、まんまと踊らされたわけです。

7つめの短編を読み終わったあとに明らかにされる、小さな仕掛け、大きな仕掛けを踏まえて読むと、最後に用意された結末は、そこまで意外性を感じることがなく、少し拍子抜けした気分にもなりますが、それも計算の上なのかも?と考え出すとキリがありません。

「殺人ミステリの数学的定義」が、7作の短編のもとになっているのですが、確かにこの定義に則って考えると、ミステリを理路整然と説明できるのかもと考えてしまいました。
これは、読む側ではなく、書く側にとって大きな味方になるかもしれません。
数学的に表現できれば、作品に意外性を持たせることだってたやすいことかもと、思えてきてしまいます(素人考えですが…)。

『ホワイトの殺人事件簿』に収められている7つの短編それぞれに小さな仕掛けを施しておき、物語全体に大きな仕掛けを施す。
そこまでは、誰が見てもわかるミステリのお手本のような作品なのですが、裏の裏の裏をかくような1番大きな仕掛けには、すっかりやられてしまいました。
読者に散々考えさせておいて、もっと深いところに罠を仕掛けておく。
悔しいけど、清々しい読書体験でした。

 

 

 

 

 

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