赤川次郎さんの『たとえば風が』を読みました。
名家・八木原家には、当主の亮子以下、長男の秀と妻の康子、息子の秀一郎、次女の圭子が住んでいる。
長女の房子は辻間と結婚して家を出ていた。
そして、住み込みの家政婦として新しく雇われたのが、19歳の山中千津。
康子のもとに、昔の恋人・下山がセールスとして訪ねて来たことにはじまり、大学生の秀一郎は結婚したい女性ができたと言い出す。
圭子は不倫の恋に悩み、辻間は借金で首が回らない…
そんな家族が一堂に会したとき、運命の歯車が狂いはじめる。
赤川次郎さんがあまり見せない、「計算し尽くした」感がある展開です。
黒幕によって計画されたとおりに、物事が進んでいく…
小さなきっかけを与えただけで、大きく崩れていくのですが、その様子が、良い意味で赤川次郎さんらしくない、入念に組み立てられたストーリーになっています。
最後に黒幕が明らかになり、その狙いと、起こした事象が一致して…となれば、かなり本格的な読み応えになるのでしょうが、ちょっと崩したくなるのが赤川次郎さんらしいところでしょうか。
最後はちょっと違った終わり方を望みたくなりますが、それだけ登場人物に感情移入していたってことでしょうか…
客観的に見れば、1番面白い終わり方なのかも知れません。
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