内田康夫さんの『美濃路殺人事件』を読みました。
宝石商の月岡和夫が車内に大量の血痕を残して、宝石や現金と共に失踪しました。一方、月岡の友人で会社員の高桑雅文が愛知県犬山市の明治村にある灯台の下で殺害されました。
愛知へ飛んだ月岡の娘・三喜子の元には月岡の居場所を知っているという謎の男から連絡が入ります。
一方、美濃和紙の取材で岐阜を訪ねていた浅見は、明治村の事件現場に花を手向ける三喜子と出会います。
浅見はこの事件のことを「救いがない」と表現しますが、本当にそうだったのだろうかと疑問に思いました。
犯罪は犯罪。それ相応の罰をしかるべき人間が受ければ公平なのではないでしょうか。
浅見のようにけじめの付け方を犯人に委ねるようなことをするから浮かぶ人も浮かんでこないのではないかと思えてしまいました。
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