内田康夫さんによる「浅見光彦シリーズ」のオススメ10冊を紹介したいと思います。
内田康夫さんについて
内田康夫さんは、1934年東京都生まれ。
実家が戦災に遭ったため、子供の頃は東日本各地を転々。戦中は秋田県の現湯沢市に疎開していました。
大学中退後に就職。その後、コピーライター、CM製作会社の社長を経て、1980年に『死者の木霊』、1981年に『本因坊殺人事件』を自費出版。
『死者の木霊』が話題となり、「浅見光彦シリーズ」の第1作となる『後鳥羽伝説殺人事件』が廣済堂出版から発刊されました。
2015年に軽度の脳梗塞が見つかり入院。
毎日新聞で連載していた『孤道』の連載も終了。『孤道』については、物語の後半部分を一般公募し、和久井清水さんによる「完結版」が出版されました。
2018年3月に敗血症のため逝去。
発表した作品の累計発行部数は1億部を超えています。
浅見光彦シリーズについて
1982年、内田康夫さんの第3作となる『後鳥羽伝説殺人事件』が「浅見光彦シリーズ」の第1作。
以来、2015年に新聞連載中に絶筆となった『孤道』の和久井清水さんによる完結版『孤道 完結編 金色の眠り』(2019年刊行)まで、117作品が発表されています。
主人公は33歳の主に『旅と歴史』の記事を書くフリーライター・浅見光彦。
名家の次男坊で愛車はトヨタ『ソアラ』。
殺人事件などが発生すると、首を突っ込まなければ気がすまない好奇心の持ち主。
歳の離れた兄は警察庁刑事局長の浅見陽一郞。
浅見が事件に首を突っ込みすぎて警察から疑われたとき、兄の存在を知られて捜査員の態度が一変するというのがお約束になっています。
多くの作品で、ヒロイン役が登場。
ヴァイオリニストの本沢千恵子や、浅見の幼馴染み野沢光子など、複数回ヒロインとして登場した人物もいますが、多くは1回きりの登場となっています。
117作中、長編が113作。短編は4作しかありません。
これは、内田康夫自身が短編は苦手と言っておられるためだと思われます。
浅見光彦シリーズ オススメの10冊
1. 平家伝説殺人事件
銀座の店『サルート』に勤める多岐川萌子は、客の当山林太郎から金儲けの話を持ちかけられる。どう転んでも犯罪にならない、完全犯罪ならぬ「安全犯罪」なのだと言う。
萌子に与えられた仕事は、稲田教由という男と夫婦を装って生活すること。そして、多額の生命保険をかけられた稲田は、高知行きのフェリーから転落してしまう。さらに、萌子に金儲けの話を持ちかけた当山も、密室となったマンションの一室から転落死する。
シリーズ2作目にして、最高傑作かもしれないと思わされる1冊です。
1作目の『後鳥羽伝説殺人事件』は、妹の祐子の敵を取るために動いた浅見でしたが、この作品では稲田が転落したフェリーの一等航海士で友人の堀ノ内から依頼を受けて事件に首を突っ込んでいます。
また、平家の落人の村という舞台、稲田佐和という魅力的なヒロインが登場し、「浅見光彦シリーズ」の基本形が早くも完成しています。
人間消失や密室トリックも使用されているのですが、浅見は呆気なく作品の中盤でタネ明かしをしてしまいます。
この作品に仕掛けられているトリックは、もっと大きなもの。
犯人たちが仕掛けた「安全犯罪」に浅見が挑みます。
2. 天城峠殺人事件
伊豆半島の旧天城トンネル出口の崖下で、車にひき逃げされたものと見られる小林章夫の死体が発見される。
寺社を巡っては千社札を貼ってまわっていた父の足取りを辿っていた娘の朝美は、修善寺で小林が貼った千社札を発見した時、浅見と出会う。
一方、東京では、雑誌の対談で浅見と意気投合したタレントの桜井夕紀が、マネージャーと心中してしまう。しかし、浅見は夕紀は心中したのではないと見て捜査を開始する。
大胆なトリックが光る作品です。
目撃証言や現場の遺留物から加害者を特定しようとする警察の正攻法では、犯人に辿り着くことはできないのではないかとさえ思えてしまいます。
つまり、組織に属さない浅見だからこそ解けた謎だと言えます。
また、兄の陽一郎が警察庁刑事局長であるという設定を十二分に生かした作品に仕上がっています。
舞台となった天城峠も魅力が十分。思わず手に取りたくなるようなタイトルですが、作品の質もその期待を裏切らないものになっています。
3. 高千穂伝説殺人事件
浅見は、日ごろから懇意にしてもらっている大学教授・林から、姪でヴァイオリニストの本沢千恵子を紹介される。千恵子のリサイタルを聴きに行った浅見だが、千恵子の父・誠一から「何かあったときはよろしく頼む」と、千恵子のことを託されてしまう。
すると、一週間も経たないうちに、本当に誠一が失踪してしまう。書斎の机の引き出しの中に隠されていた留守番電話には「イスルギです。ブツはニュータバルからタカチホへ。運んだのはノベウン。受け取ったのは市川……」と吹き込まれていた。
シリーズ最多の3回もヒロインを務めることになる本沢千恵子がはじめて登場する作品です。
しかし、その出会いは素っ気なく、見合いだと思って出向いた浅見に対し、千恵子の父・誠一は探偵としての浅見に用があった様子。
留守番電話のメッセージを訊いて、いても立ってもいられず高千穂へ向かった千恵子をこっそりと浅見が追いますが、あっさりと見つかってしまいます。必然的に、2人で過ごす時間が長くなるのですが…
作品全体を通じて、スリルとサスペンスに満ち満ちたものになっているのですが、特に終盤は読者をグイグイと惹きつける力強さがあります。その一番の理由は、千恵子の父・誠一の生死が不明なこと。ヒロインである千恵子が亡くなることはないでしょうが、誠一が生きていようと、死んでいようと物語が成り立つわけです。
「天孫降臨神話」でニニギノミコトが天降ったとされる高千穂を舞台にした作品。この高千穂伝説をうまく取り入れた作品になっています。
4. 天河伝説殺人事件
新宿の高層ビルの前で、突然男性が胸を押さえて倒れた。手からは五十鈴がこぼれ落ち、男性は絶命した。
死亡した川島孝司の娘・智春は、偶然新幹線の斜め隣に座った男性から、五十鈴が吉野にある天河神社の御神体で、智春が手に持っている五十鈴はそのレプリカであることを知らされる。
一方、能の水上流は後継者問題に揺れていた。宗家・和憲の孫である和鷹と秀美のどちらかが跡を継ぐことになると目されていたが、和憲の息子・和春の七回忌の追善能で、「雨降らしの面」をつけて『道成寺』を舞った和鷹が、舞台上で謎の死を遂げた。さらに、和憲も吉野の山中で変死体で見つかる。
「美しい」この一言に尽きる作品になっています。
まず、死に様が美しい。特に、水上和鷹が道成寺を舞いながら死ぬシーンが絵になります。和鷹が舞う『道成寺』の世界に引き込まれたところで事件が起きるので、読者としてはいきなり頭をガツンとやられたような衝撃を受けることになります。
次に、物語の舞台となる吉野や天川の描写が美しい。吉野といえば桜の名所ですが、浅見が訪れたのは十一月。山の上ではそろそろ冬の訪れを感じようかといった時期で、吉野の澄んだ空気、天川のピリリと引き締まった空気が本の中から流れ出てくるような錯覚に陥ります。
この作品が、シリーズ唯一の映画化を含め、4度映像化されているのも納得です。
ラストも美しく、かつ、切なく締められていて、余韻を残す仕上がりとなっています。
5. 平城山を越えた女
大手出版社に勤める阿部美果が京都の大覚寺で写経をしている最中、娘を探しているという野平隆夫が現れた。成り行きで野平の手伝いをすることになった美果だったが、野平は娘・繁子の消息が途絶えたホテルで呆気なく娘の消息を辿ることを諦めてしまう。
そんな矢先、ホトケ谷で女性の腐乱死体が見つかる。行方不明になっている繁子ではないかと考えた美果は野平に連絡するが、電話に出たのは大覚寺に現れた野平とは別人だった。
今回浅見が挑むのは、被害者が身元不明の女性1人という事件です。時には10人以上の死者を出すなど、複数の被害者が出ることが多いこのシリーズにおいて、被害者が1人だけというのは、異常とも言える数字です。
しかし、この事件がなかなか解けない。浅見は、警察には絶対に解けないと断言しています。それは、事件が二重構造になっているためだと言っていますが、プロローグに出てくる氷雨の中、夕日地蔵から奈良坂を越えて浄瑠璃寺へと向かった若い女性や、娘を探していた野平隆夫の行動は、表面に見えている”パフォーマンス”に過ぎず、実体はその下の階層で動いています。
浅見は二重底の底を見たところで追求をやめていますが、実際にはさらに下の階層があったことをエピローグで語っています。
殺人事件は1件しか起きないものの、”二重底”になった事件の構造が、事件の謎を深くしています。それに加えて、昭和十八年の新薬師寺の香薬師仏像の盗難事件を織り交ぜたことで、物語自体により深みが生まれています。
6. 華の下にて
五百年の歴史を持つ華道丹生流の家元を誰が継ぐかで揉めており、家元の丹野忠慶の跡を、婿養子の博之が継ぐのか、それとも孫の奈緒が継ぐのかで世間の票は二分されていた。
一方、新進華道家の牧原良毅は、京都で行われた国際生花シンポジウムの分科会のテーマとして家元制度の廃止を提案する。この案は即座に却下されるが、牧原の秘書役を務める中瀬信夫がホテルの部屋で殺害される。
とにかく「美しい」のひと言に尽きる作品です。
『天河伝説殺人事件』でも同じようなことを言いましたが、どちらも甲乙つけがたいくらい美しい。能と華道という分野の違いはあるものの、日本の伝統文化と内田康夫さんが交わったとき、何らかの化学反応が起きるのではないかと思えてしまいます。
華道を扱ったということが、文字通り作品に華を添えているのですが、生けられた花の描写の美しさが際立っています。特に前衛華道家の牧原良毅による作品の描写は、鳥肌が立つほどでした。
また、人物が活き活きと動き回っており、本の中から飛び出してくるのではないかと思うほどです。
ラストは最後の桜の花びらが散ってしまったときのような切なさが残りますが、そこには新しい芽が吹き、未来へ向かって伸びていく力強さを感じられます。
7. ユタが愛した探偵
暴露雑誌『裏の真相』を刊行する会社の社長・風間了が、沖縄本島の斎場御嶽で死亡しているのが発見された。風間は滋賀県彦根市で行われたブクブク茶会のニュースで、沖縄の観光協会に勤める式香桜里を見て沖縄まで追ってきたと考えられたが、香桜里は風間とは会っていないと言う。
一方、社長を亡くした「裏の真相社」からの依頼を受け、風間の事件を調べるために沖縄へ飛んだ浅見は、香桜里とブクブク茶会を取材したテレビ局の記者・湯本聡子に出会う。
香桜里は生まれながらに高い霊能力に恵まれており、風間の霊を通じて事件の真相に迫るが…
タイトルを見たときから胸騒ぎのする作品。広辞苑によると、「ユタ」とは〔(沖縄で)口寄せ・占いなどをする、主に女の民間の巫(かんなぎ)〕と解説されています。タイトルにあるユタは、ヒロインの式香桜里のこと、探偵は浅見を指すというのが一般的な考え方でしょうから、タイトルに個人名を当てはめてみると、『式香桜里が愛した浅見光彦』となってしまいます。
物語は、もう1人のヒロインである湯本聡子と式香桜里による恋の鞘当てと並行するように進んでいきますが、この作品ほど積極的に浅見に迫ったヒロインはほかにいません。
今回の事件は、真相を公表しても誰も喜ぶ人がいない事件。式香桜里の気持ちも汲んだ浅見は、すっと静かに捜査から手を引きます。浅見が時々見せる、犯人を司法の手に委ねなずに処理してしまうという行為が私はあまり好きではないのですが、今回は浅見の判断が正しかったと思いました。
ユタをはじめとした神秘性から沖縄を切り取った作品となっていて、ほかの作品と一線を画したものになっています。
8. 箸墓幻想
邪馬台国の研究に生涯を捧げた、考古学界の権威・小池拓郎が殺害された。その直後、小池が発掘の指揮を執っていたホケノ山古墳から画文帯神獣鏡が見つかった。「邪馬台国畿内説」を裏づける重要な発見だという。
一方、浅見光彦は小池が寄宿していた当麻寺の住職に依頼され、小池殺害事件の解明に乗り出すが、今度はホケノ山古墳の発掘を行っていた畝傍考古学研究所の平沢が殺害されてしまう。
内田康夫さんはこの作品の連載中に2度のミラクルを起こしています。1つめは、新聞連載開始と時を同じくして、ホケノ山古墳から画文帯神獣鏡が発見されたこと。2つめは、藤村新一氏による「石器捏造事件」が、同様のアイデアを作中で使用したあとに発覚したことです。どちらも予想がつくものだったかもしれませんが、内田康夫さんの引きの強さを示していると思われます。
内田康夫さんによるミラクルに目を奪われがちですが、本作品は、邪馬台国の謎に迫るという、考古学のロマンを十分に味わえる作品に仕上がっています。
さらに、小池の青春時代のエピソードなど、戦中、戦後の混乱に振り回された青年たちの悲劇が加わって、この物語により一層の深みが与えられています。
9. 化生の海
北海道余市にあるウイスキーの蒸留所でガイドをしている三井所園子の父・剛史は、五年前に金策のために松前へ行くと言って家を出たあと行方がわからなくなり、石川県加賀市の海で殺害されているのが見つかった。
園子の同僚の兄で、学友の須藤から依頼を受けた浅見光彦は、剛史が大切にしていた「卯」と刻印のある土人形と、わずかに残された剛史が生きた痕跡を追って、北海道、北陸、北九州を駆け巡る。
本作品はミステリーに分類されるのでしょうが、その実態は、捨て子として育てられた三井所剛史の”ルーツ”を追いかけ、北海道から北陸、北九州を巡る旅です。手がかりは、剛史が大切にしていた、裏に「卯」の字の刻印がある土人形と、幼い時に母の背中から見たという、長いまっすぐな石段の記憶だけ。この作品は、内田康夫さんが時々使う”文芸ミステリー”というジャンルに分類されるのではないでしょうか。
この三井所剛史の「ルーツ」探しの旅は、殺人事件という要素を取り除いても、十分成立するのではないかと思われるくらい、良くできています。
ヒロインは三井所園子。父の事件の真相の先には、素敵なプレゼントが用意されています。剛史のルーツを辿る旅は、新たな出会いの旅でもあったのです。
浅見へのほのかな恋心は、寒い冬の余市に住む園子に、少し早い春の訪れを告げましたが、この事件を通して、それ以上に温かいものを得ることができたのではないでしょうか。
10. 遺譜 浅見光彦最後の事件
浅見光彦はヴァイオリニストの本沢千恵子から、ドイツ人ヴァイオリニストのアリシア・ライヘンバッハのボディガードを依頼される。
アリシアは、祖母・ニーナが戦前来日した時に、インベという人に渡したというフルトヴェングラー直筆の楽譜を受け取りたいのだと言う。浅見が調べたところ、忌部なる人物は篠山市で宮司をしていることがわかった。しかし、忌部の留守中に訪ねた時に、息子だと言って対応に出てきた男が殺害されてしまう。
忌部からフルトヴェングラーの楽譜を受け取った浅見たちは、アリシアの実家があるドイツへ行き、楽譜の謎に迫る。
タイトルにあるとおり、この作品で扱う事件が、浅見光彦にとって最後の事件となっています。本作品のあとにも『孤道』が刊行されていますが、これは、この事件以前に浅見が書き溜めた事件簿を、内田康夫氏が纏めたもの、という位置づけになっているのです。
最後事件を飾るべく、過去の作品のヒロインたちが、作品に華を添えています。
この作品の中では、「34歳は男の人生の転機」という言葉が度々出てきますが、”永遠の33歳”だった浅見も34歳になり、さまざまな転機を迎えることになります。その一番大きなものが結婚と仕事なのです! ついに結婚を意識するようになって、浅見は探偵業の廃業を決意します。
事件は日本とドイツを股にかけ、太平洋戦争前の昭和13年から現代に続く謎を扱うなど、空間的にも時間的にもスケールの大きな作品になっています。
事件の行方も気になるところですが、何より浅見のハートを掴み取った女性が誰なのかというところにも注目の作品です。




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